タイロン・ウッドリーvs.ダレン・ティル(UFC228)
テキサス州ダラスで開催されたUFCナンバーシリーズ。
元々、
ニコ・モンターニョ対
ヴァレンチーナ・シェフチェンコ戦がダブルタイトルイベントとしてラインナップに上がっていた。しかしモンターニョのドクターストップにより、試合は消滅。ダナ・ホワイトは大会後にモンターニョのベルト剥奪をアナウンスした。
これについてはかなり批判が出ているが、モンターニョ自身もコメントを出している。自分のベルトが剥奪されたことについて、
他にももっと問題があった選手はいるのに、自分だけこういう待遇になるのは金にならないからだ、と彼女は述べている。確かにシェフチェンコの知名度・注目度とキャリア、さらに
前戦のプリシラ・カショエイラ戦での超冷徹な決着はモンターニョに比べると格段に上であり、(オッズも含め)比べ物にならない。
しかし、MMAが「スポーツ」を標榜するのであれば、市場に対して「外部性」の要素(フェアネス等)は必須のものである。むしろこれなしには、逆にMMAというビジネスすら存在しないはずだ(「スポーツビジネス」としてのMMAを成立させる前提での話として。「格闘技」「ヴァーリトゥード」等のニュアンスだとまた違ってくる)。まして実際に医師が止めたのであれば、まかりまちがって死者が出るのとは比較にならない程、ましな措置である。
シェフチェンコはモンターニョのことを「アンプロフェッショナルだ」と非難しているが(試合の前から自分のことを恐れて試合を引き延ばすことを決めていた、とも批判している)、彼女の怒りはもっともで、早い所次戦を決めてあげるべきだ。
しかし、女子の階級が全く揃っていないこともまた確かであり、その分女子選手の方がウェイト調整に強いハンディキャップがあることもまた、問題として根底にある。本来の自分の階級より上で戦ってきたシェフチェンコがモンターニョを批判するのも分かるが、そもそも女子の階級が少な過ぎることが指摘されるべきであり、これは実力の底上げと同時に今後の課題であろう。
試合順が繰り上がった
ジェシカ・アンドラージ対
カロリーナ・コワルケヴィッツ戦では、アンドラージの右がハードヒットし、コワルケヴィッツをぶちのめしたことが話題になっている。「男対女だ」とか「ステ」のようなコメントがネットで散見される(ケニー・フロリアンでさえ失言していた)が、それは女子の格闘技全体を貶める言葉であり、許容しがたい言い方である。
アンドラージのパワーはティーシャ・トーレス戦でも発揮されており、今回はパンチ面で成果が発揮されたと言ってよい。倒す試合が増えるのは女子MMAにとってよいことではないか。
同じように衝撃的なKO決着を見せたのが
アブドゥル・ラズク・アルハッサンであり、開始43秒で
ニコ・プライスを左でマットに沈めた。「なぜそんなにパワーがあるのか?」と聞かれ、「分からない。神が与えてくれた笑」と答えている。
他にも今大会では
アルジャメイン・スターリングのバックからのニーバー、
ザビット・マゴメドシャリポフのやはりニーバー、
ジョフ・ニールによる
フランク・カマチョのハイキックKOなどが目立った。ニールは極めて冷静な試合運びで、倒れないカマチョを捌いて仕留めた。カマチョの試合は盛り上がり必須なのだが、UFC移籍以降1勝3敗の戦績と、厳しい所だ。
メインの
タイロン・ウッドリー対
ダレン・ティルは、懸案だったティルの計量がクリアされたことで、試合自体は無事成立。ティルは自分のアンチ達に対して中指を突き立てたが、ウッドリーは計量後のティルの調子が悪そうだったと、後で述べていた。
1R。ウッドリーはケージ際を横に動いた後、右パンチ先行でダッシュ気味に前に出る。ティル、これをかわし首を振るが、ウッドリー再び右から首相撲、右膝をティルに入れた後でタックル、もろ差し状態でケージに詰める。ティルは両腕を抱えた形でクリンチ、ウッドリーは膝蹴りを出すも、有効打にならない状態のまましばし膠着。
ウッドリーは足をかけて転がす動きも出すが、ティル耐える。もともとティルの体格の方がはるかに大きいため、一気に接近してクリンチ、というのはウッドリーの作戦だろう。ウッドリーは頭をティルの顎に押し付けてケージに押し込め、ティルの体を伸ばし続けるが、そのままの状態で止まりレフェリーが分ける。
オクタゴン中央で再開、オーソ構えのウッドリーは、左をフェイントしつつタックルの隙を探る。サウスポーのティルも腰をときおり落としながら右で探る。ウッドリーが左右を出すとティル下がるも、再び探り合い。しばらく見合った後でティルの右ジャブ、ウッドリーの右ボディや右オーバーハンドが出るがダメージに至らず。
同様の状態が1分ほど続いた後、ウッドリーがティルの右足を取ってから右脇を差し、再びクリンチ状態でケージ際へ。今回は四つの状態で膠着するが、ウッドリーはティルの足にスタンプや膝蹴りなど入れてゆく。途中でティルが体を入れ替えるが、ここでレフェリーが分けた。
再びオクタゴン中央、ウッドリーは右ボディ。残り10秒でウッドリー右、ティルが左ミドルを出した所でラウンド終了。派手な展開はなかったが、ウッドリー優勢のラウンド。ティルの積極的な攻撃は、ほとんどなかったと言ってよい。
2R、ウッドリーはスタンス広く低い構え。ティルが右から飛び込んで入ってきたところ、ウッドリーがそこに右を合わせ、ティルの顎にクリーンヒット! ティルは四つん這いの形に倒れた後、仰向けになる。そこにウッドリーが左右のパウンドを連打し、ティルはガードの状態で顔を覆ってそれらを防ごうとする。だがウッドリーは肘も混ぜてパウンドを止めず、肘を六発つづけて連打。ティルが手を伸ばしてカバーしようとするが、容赦なくパウンドと肘を入れ続ける。
ティル、足を使い何とかウッドリーの攻撃を押さえようとするが、成功しない。ウッドリーのパウンドテクニックは強力で、ティルも手をつかんだり仕掛けをしてゆくのを全て無効化していった。
やがてウッドリーがハーフを取り、肘を滑らせる形でティルに入れつつ、マウントを取る形となる。ティルは体を左右に揺すり、脇差のハーフ状態に戻すが、ウッドリーは肘とパウンドをさらに入れ続ける。ウッドリーが叩きつけてくる肘を嫌い、ティルは頭をウッドリーの方へ近づけて体を丸め込むも、ウッドリーは容赦ないパウンド。
さらにそこから左手を深く差し、頭を右で抱えてダースチョークの体勢に入ると、ティルはタップ! ウッドリーがサブミッションで勝利した。
結果から見て、ウッドリーの完勝である。体格差をカバーするために最初は的を絞らせず、突然の右で飛び込み距離を縮めてクリンチ。2Rで先手を取ろうとティルが飛び込んできた所にカウンターを合わせ、ダウンさせてパウンド連打、そして最後はサブミッションで極めるという、打撃を得意とする相手にお手本のような試合運びを見せつけた。
強いチャンプにもかかわらずウッドリーの人気がないのは、
スティーブン・トンプソン戦2や
デミアン・マイア戦での膠着状態の長さ、あるいは積極的な攻めの姿勢が見えにくいところから来ると考えられる(UFCへの文句もあるだろうが)。しかし今回は、その慎重さがティルのミスを呼び込み、自分の思う通りの展開に持ち込んで完封試合とした。
パンチの爆発力に注目が行きがちなウッドリーだが、決して「負けない戦い方」をするクレバーな面にも、もっとポジティブな注目が集まってもよいはずだ。だが、それはメディアと観客の側の「見る目」にもかかわっている事なのかもしれない。