2018年2月26日月曜日

UFCファイトナイト127:エメットvs.スティーブンス

ハニ・ヤヒーラvs.ラッセル・ドーン(UFC on FOX28

ジェレミー・スティーブンスvs.ジョシュ・エメット(同上)

フロリダ州オーランドで開催されたUFC on FOXシリーズ。プレリムではハニ・ヤヒーラ(Rani Yahyaだから「ハニ・ヤーヤ」なのだろうが、HERO'S時代からの馴染みだとやはり「ハニ・ヤヒーラ」の表記がしっくりくる)がラッセル・ドーンと戦い、勝利を収めた。
1Rはフルネルソンで3分近く固め、2Rもバックを奪うとラウンド中ずっとキープ。3R、ドーンの右ミドルをキャッチすると、倒れる際にドーンは上を取ったが、そこからあっさりとリバーサル。そのまま肩固めに移行し、相手のハーフガードを脱し極め切った。
サブミッション狙いと100%分かっていても防げない蟻地獄スタイルは、UFC14戦目になっても全く変わらない。仮に選手を芸能者型か職人型かに大別するとしたら、ヤヒーラは間違いなく後者である。
だが今回、ヤヒーラの試合には言い知れぬ気迫と執念がこもっており、人の目を惹きつける力があった。実は昨年末の大会(UFCファイトナイト123)で、知名度のあるアルジャメイン・スターリングとの対戦を首の怪我でキャンセルしており(代替がマルロン・モラエス、派手なKO勝ちをして注目を集めた)、半年間試合をしていなかった。
そのため、この試合で「証明しなければならないものがある」と、背水の陣を敷いての参戦だった。また試合の10日前には母親を亡くし、埋葬に行ってきた中での大会だったとのことだ。そのことを語る試合後のオクタゴン・インタビューにもまた、心を打たれるものがあった。
ヤヒーラのように、職人肌で強いのだがなかなか目立たないという人間は、どこの世界にでもいるだろう。外国人(アメリカ人ではない)の上、ルックスはお世辞にも派手とは言えず、UFCが求める主流のスタイルでないことは確かだ。そのためおそらく一試合一試合を解雇の不安とともに戦っているはずである。
だが今回はそれらの事情と、ヤヒーラを長く目にしている歴史のせいでもあるだろうが、彼の試合に何か非常に「魅せる」ものがあったことは確かである。
試合や選手に「華」があるかないかは大きな要素だろうが、そもそも試合における「華」とは一体何なのか、ということについて考えさせられる試合だった。
メインカードではイリル・ラフィティオヴィンス・サンプルーの、一発効かせてからのスタンディングギロチンや、ジェシカ・アンドラージティーシャ・トーレスの打撃戦の応酬+スラムも非常に面白かった。
アンドラージは小兵だがパワー、スピードにフットワーク、そして技術の多彩さも持ち合わせており、見ていて飽きない。またいずれトップ戦線に返り咲いてくる選手であることは必定であろう。
看板試合のジェレミー・スティーブンスジョシュ・エメットも、両者ともにやはり「地味強」というか、なかなか脚光が当たらなかった選手だ。しかし直近の試合で、それぞれチェ・ドゥホリカルド・ラマスという超新星と実力者を衝撃的な形で下し、にわかに注目を集めた者同士のファイトである。
スティーブンスは映像を見ると、いつも目がキマっているというか獣の目をしており笑、どんだけワイルドなのかと思っていた。しかしジョー・ローガン・エクスペリエンスや他のトーク番組に出て話しているのを聞くと、非常にクールな性格であるようだ。
話はちょっと脇道にそれる。これは毎回思わされるのだが、アメリカの選手は特に、自分の状態や考えについて筋道だって説明することが一種の「常識」として身についており、話せる方が「多数派」的である気がする(日本の選手で説明できない、あるいはしない方が「多数派」的であるのと同様の意味で)。
先のJRE動画では、ジョー・ローガンは警察の不当逮捕や、道場破りの返り討ちなんかについて語っているが、スティーブンスが取り組んでいるムーブメント・トレーニングに関しても触れられている。それは「Functional Patterns」というもので、動きの統合を目指すものであるということだ。
数年前(2016年頃か)、コナー・マクレガーがトップに来た時からムーブメント・トレーニングについては話題になっていた。マクレガーやグンナー・ネルソンらが取り入れている「Ido Portal」、 カーロス・コンディットが取り組んでいた「MovNat」などはよく知られている。なかなか興味深いので、ぜひ日本にも導入か上陸をしてほしいものだ。ちなみに「MovNat」の動画を検索してみたところ、資格認定試験はほぼ「忍びの者」の隠れ里のようになっていた…面白そうだ。
余談はここまで。スティーブンス対エメットの試合である。
1R、エメットはフットワークを使い左右に回りながら時折パンチで突っ込む形。両者ともにまずはローで距離を探り合う。
エメットの攻めはアルファメールスタイルというか、常にフットワークを使いつつ、ダッシュ力とパンチのコンビネーションで、一発一発を重く効かせることを重視している感じ(レスリングのタックルに打撃をミックスさせる発想か)。一方のスティーブンスは背筋を直立させ、オクタゴンのセンターを取り続ける。ムエタイ的だが、一発の振りは大きい。
残り1分10秒ごろ、スティーブンスがケージ際で右アッパーを大振りしながら突っ込んだ際、エメットが右フックを顎に命中させ、ダウンを奪う。そのままパウンドを狙い、エメットは肘を二発ほど入れるが立たれる。
その後はまたセンターに戻り、互いにミドルを応酬してラウンド終了。流れはこの時点ではエメットである。
2R、やはりエメットは回りながらタイミングをうかがい、ハイやローを出しつつ、時折ダッシュ+ラッシュを仕掛ける。スティーブンスはスピニングバックフィストなどを出しながら応戦するが、劇的展開は突然訪れた。
エメットが左を振った隙に対してスティーブンスが右→左とフックを放つと、左がエメットの顎をとらえ、ダウン。スティーブンスは右パウンドを打ちながら飛び込み、すかさず頭部に左肘の連打を浴びせる。
しかし論議を呼んでいるのはここからである。立ち上がりかけたエメットに対し、スティーブンスは右膝蹴りをエメットの側頭部目掛けて放つ。かすったように見えるが、その後で仰向けに倒れ込んだエメットにパウンドを浴びせた時、レフェリーが試合を止め、KOと判定された。
この膝に関してスティーブンスは、片手がマットについた状態での頭部への膝蹴りは、新ルールでは許容範囲だと理解していた旨を述べている。しかしエメットは両膝をついた状態であり、相手が膝をついた姿勢における頭部への膝蹴りは禁止されているため、どっちにしても反則なのではないか。「膝はかすっただけ」という擁護の動きもあるようだが、エメット陣営のチーム・アルファメールは抗議を行うとのことだ。
しかしそれ以前に、スティーブンスがエメットに連打していた左肘もまた、後頭部に当たっており、解説のダニエル・コーミエはそれを指摘していた。放送ではコーミエとドミニク・クルーズとの間で見解が異なり、議論になっていた。
私が見る限り、これが反則であることは確かだと思う。なぜレフェリーのダン・ミラグリオッタが止めなかったのかということになるが、彼は魅入られたように固まってしまっている。分からないではないが、レフェリーが観客と同じ反応をしていてはダメである。
勝利はスティーブンスでおそらく覆らないと思われるが、しかし生命や後遺症の危険がある攻撃に関しては、選手の身を守る介入を行うのがレフェリーの務めである。この点では、選手であるコーミエの方が、レフェリーとして適切な判断をできていたということになる(介入できたかは分からないが)。
先のマリオ・ヤマサキの件もあったが、私個人は(世論とは違うかも知れないが)今回の件の方がレフェリングの問題として大きいと思う。というのも、今回のエメットへの攻撃は、選手当人が守れない致命的弱点への攻撃だからだ(プリシラ・カショエイラはボロ負けしていても防御する意志は示していた…まあもっと早いTKOで良かっただろうが)。当人が防御できない状態にある時の責任を持つのは、レフェリーとコミッション(ひいては試合の主催者)である。
味噌がついてしまった試合は、選手にとっても良いものではない。ましてや後遺症を残すに至っては。それは試合には映らず、試合の後になって続いてゆくものだが、そこに対する感覚と責任感(にもとづくレフェリーの訓練)は必要だ。選手は試合中のわずかの時間に全てを賭けるが、レフェリーの時間感覚は、そこに同調してはならない。レフェリーの仕事も楽じゃない。