2018年9月21日金曜日

UFCファイトナイト・モスクワ:ハントvs.オレイニク

マーク・ハントvs.アレクセイ・オレイニク(UFCファイトナイト・モスクワ
ブログの順番が前後するが、9月15日にモスクワ・オリンピックセンターで開催されたファイトナイト136。ACBの存在もあって、近年その力が改めて評価されるロシア(およびその近隣諸国)のファイター勢を揃えた大会である。
これは個人的な印象だが、何というか、ロシアンファイターは総じて「いかつい」。全体的に佇まいが他国の選手よりも(なお)ゴツく、よく言って「峻厳」というか、普通に言えば近寄りがたい雰囲気を醸し出している気がする。
おそらくこれは個人的な要因というよりも、ロシア(のみならずユーラシア大陸中央諸国)における格闘技についての、文化的な要素によるのではないだろうか。
以前も少し書いたように、それらの地域では格闘技の社会的地位が高く、格闘技文化が相対的に根付いている。よく言われるロシアの強さについては、「ロシア人は体質的に強い」というような本質論よりも、まず単純に、競技人口の裾野の広さに注目するべきだ。
例えば少年時代に運動神経に優れた層は、日本だと野球やサッカー等のメジャースポーツに流れるが、もしその人々が格闘技を選んでいたとしたら当然、全体的に実力は底上げされるはずだろう(現在の選手が弱いというのではなく、裾野の問題)。
その意味で、総合格闘技というジャンル全体の認知度のみならず、魅力度のアップと普及こそがひいては全体を強くすると言えそうだ。格闘技の持つ文化がどういう方向に進んで行くのか、それが重要だろう。…まあ言うは易しだけど。
プレリムでは、石原夜叉坊に勝利したACBからの移籍組であるピョートル・ヤンと、DEEPバンタム級チャンピオンだったソン・ジンスが激突、FOTNに輝いた。
「コリアン・ゾンビ」ジョン・チャンソンの教え子であるソンの驚異的なスタミナと、殴られても笑いながら前に出てくるゾンビ性は、まさに師匠を彷彿とさせるスタイル。
全体としては、タイガームエタイ仕込みのクリンチとダーティボクシングにすぐれたヤンが優勢だったにもかかわらず、ソンの全く引かないファイトと笑顔のインパクトが強烈な印象を残した。
ソンのゾンビ性にヤンは少々とまどっているようにすら見え、ソンは解説のダン・ハーディに「もう一度見たい」と語らしめた。負けはしたものの、ソンはプレリム注目選手の一人になったのではないだろうか。
メインではアンドレイ・アルロフスキーシャミル・アブドゥラヒモフへの判定負け、ヤン・ブラホビッチニキータ・クリロフ戦でのブラホビッチ勝利など、興味深い結果もある(ブラホビッチは確か5月の時点で、連続で試合をしたので少し休みたいと言っていた気がするが…)。
ブラホビッチは高レベルなサブミッションゲームを制し、バックからの変則的な肩固めでクリロフの連勝を止め、4連勝をマークした。
しかし、やはり気になるのはマーク・ハントの試合である。アレクセイ・オレイニクとのベテラン同士の試合としてトリを飾った。
ロシア語の入場曲のオレイニクに対し、ハントは初?のジャジーな入場曲で入場。どちらもオーソドックススタイル。
1R、オレイニクは低く構え、タックルの姿勢を見せつつ前に出る。ハントはジャブや右ローを見せつつ、右へ回って行く。オレイニク左右を出しながら飛び込むも距離は変わらず。ハントはジャブを出しながら下がって行く。
一度両者の体が合うもすぐ離れ、オレイニクはひざ下を狙うオブリークキックを出すと、互いにパンチで牽制。オレイニクは体を斜めにしてタックルにも行けるフェイントを見せつつ、やはり左右のコンビネーションで距離を詰めようとする。ハントはローを返して行く。
オレイニク、右のオーバーハンドを出すも空振り、するとハントはスピードのある右ストレートをオレイニクの顔面に叩き込む。
再びオレイニクのオブリークキックの後、ハントが右ローを出すと、オレイニクの左足に効き、少し動きが鈍くなる。オレイニクが足を触りに来たのを外した後、徐々にハントが出てきそうなところを左で牽制する。
ハントが左フックを出すもオレイニクはガード。右を出しながら突っ込むが、ハントはやはりクリンチを嫌い距離を取る。
オレイニク、オブリークキックから右の繰り返し。ハントは左を出し、オレイニクがタックルに来たのを切るが、オレイニクもしつこくは追わない。
ハント、オレイニクの左に対して右ロー。オレイニクの動きを奪おうとする。その後ハントの右にオレイニクは左とバックフィストを返すが、どちらも空振り。ハント、やはりジャブを出しつつ下がる。
ハント、ローを外すが、そのタイミングで両者右パンチが交錯。体が一瞬重なるが、オレイニクの体をハント振り払う。
ハントの左に対してオレイニク右アッパー、クリーンヒットせず。ハントが右を出したタイミングでかわしたオレイニクがハントをクリンチしようとするが、ハント逃げ、そこにオレイニクは左右のパンチを追撃。左が当たり、少しダメージがあったように見えた。
下がったハントが右を出したタイミングでオレイニクが左を出すと、ハントが右足のバランスを崩して一瞬膝をつくがすぐ立ち上がる。
オレイニク、左フックを見せた後、タックルに行って左足にしがみつき、バックを取る。オレイニクはハントを後ろに引きずり倒した後、うつ伏せになったハントに後ろから右足を入れ、ハントが上を向いた所で4の字に腹をロックする。
しばらく手の取り合いをしていたが、オレイニクが立ち上がる姿勢を見せると、つられてハントが上体を起こしかけたところでたすき掛けをかけなおし、続いて首に手を回すとそのままRNCの体制に一気に持ち込み、タップを呼び込んだ。
試合としては、ハントのウィークポイントであるサブミッションに持ち込んだオレイニクが、着実な勝利をおさめたと言えよう。
しかしハントのUFCとの契約もあと一試合で、再契約はしない模様だ。以前からUFCに対して怒りを表にすることを恐れず、ステロイダー達に対する罵りも激しいハントだが、それは長い戦績の中で様々な団体を渡り、自分の力を証明してきたハントならではの説得力と道理を感じさせるものだ。
引退が遠いとは言えないのだろうが、彼だからこそ魅せられたMMAでの姿勢というものを引き継ぐような存在が見当たらない、かけがえのない存在でありかつ生きるレジェンドである。ひいきだが、あと一試合は勝利で飾ってもらいたいと思う。

追悼:山本"KID"徳郁

周知のように、山本"KID"徳郁が9月18日、永眠した。享年41歳。総合格闘技の生涯戦績は18勝6敗2無効試合だった。
所英男のツイッターが次のようにつぶやいていた。「KIDさん。KIDさんがいたから、たくさんの総合格闘技の軽量級選手が世の中に出て、格闘技で食べていくことができました。みんなの恩人です。心から感謝しています。ずっと追いかけ続けていました。本当に憧れでした。心よりご冥福をお祈りします。ゆっくり休んでください。」
その通りで、メジャーシーンに軽量級の総合格闘家というイメージと活躍の場所を作ったのは、KIDの功績に違いない。2000年代初頭あたりには、PRIDE武士道には五味隆典川尻達也長南亮桜井マッハ速人ら、HERO'SにはKID・所英男須藤元気らと、現在は40歳前後になる世代がそれぞれのキャラクターを生かし、テレビ上で中軽量級を盛り上げていた。その中でも小さいにもかかわらず、最もワイルドで華やかな格闘家のアイコンと言ってもよかったKIDだが、KRAZY BEEのボスとして格闘界全般の底上げにも関わりながら次世代の有力ファイターを育成してきたことも大きな功績だった。
アメリカでは現在軽量級も日の目を浴びているが、いまだにその人気はヘビー級に及ばないとされる。しかし、WECで軽量級への注目を作り出した貢献者であるユライア・フェイバーのあだ名が「カリフォルニア・キッド」だったのは、先行者のKIDが格闘界にいたからだったろう。その意味でも世界的に影響力のあった存在だった。
MMAfighting.comはKIDのみならず一族の経歴まで含めた詳細なニュースを報じたが、生まれた時からエリートアスリートの道を進みながら総合格闘技に転向した点、(格闘技の動きのためにバレエまで習ったという)鍛え上げられたエレガントさと天性のワイルドさを兼ね備えた選手として、日本の総合界でも高度なアスリートのセンスと破天荒な「格闘家」という両面をまさしく体現していた存在だった。
「こう生きてみたい」というような人々の夢の一つを体現していたような人物。個人的には、駅から落ちた男性を救ったというニュース(それもあくまで自然体で)が忘れられない。もっと活躍してゆくはずだと思っていたが、あまりにも早い旅出だった。合掌。

2018年9月11日火曜日

UFC228:ウッドリーvs.ティル

タイロン・ウッドリーvs.ダレン・ティル(UFC228
 
テキサス州ダラスで開催されたUFCナンバーシリーズ。
元々、ニコ・モンターニョヴァレンチーナ・シェフチェンコ戦がダブルタイトルイベントとしてラインナップに上がっていた。しかしモンターニョのドクターストップにより、試合は消滅。ダナ・ホワイトは大会後にモンターニョのベルト剥奪をアナウンスした。
これについてはかなり批判が出ているが、モンターニョ自身もコメントを出している。自分のベルトが剥奪されたことについて、他にももっと問題があった選手はいるのに、自分だけこういう待遇になるのは金にならないからだ、と彼女は述べている。確かにシェフチェンコの知名度・注目度とキャリア、さらに前戦のプリシラ・カショエイラ戦での超冷徹な決着はモンターニョに比べると格段に上であり、(オッズも含め)比べ物にならない。
しかし、MMAが「スポーツ」を標榜するのであれば、市場に対して「外部性」の要素(フェアネス等)は必須のものである。むしろこれなしには、逆にMMAというビジネスすら存在しないはずだ(「スポーツビジネス」としてのMMAを成立させる前提での話として。「格闘技」「ヴァーリトゥード」等のニュアンスだとまた違ってくる)。まして実際に医師が止めたのであれば、まかりまちがって死者が出るのとは比較にならない程、ましな措置である。
シェフチェンコはモンターニョのことを「アンプロフェッショナルだ」と非難しているが(試合の前から自分のことを恐れて試合を引き延ばすことを決めていた、とも批判している)、彼女の怒りはもっともで、早い所次戦を決めてあげるべきだ。
しかし、女子の階級が全く揃っていないこともまた確かであり、その分女子選手の方がウェイト調整に強いハンディキャップがあることもまた、問題として根底にある。本来の自分の階級より上で戦ってきたシェフチェンコがモンターニョを批判するのも分かるが、そもそも女子の階級が少な過ぎることが指摘されるべきであり、これは実力の底上げと同時に今後の課題であろう。
試合順が繰り上がったジェシカ・アンドラージカロリーナ・コワルケヴィッツ戦では、アンドラージの右がハードヒットし、コワルケヴィッツをぶちのめしたことが話題になっている。「男対女だ」とか「ステ」のようなコメントがネットで散見される(ケニー・フロリアンでさえ失言していた)が、それは女子の格闘技全体を貶める言葉であり、許容しがたい言い方である。
アンドラージのパワーはティーシャ・トーレス戦でも発揮されており、今回はパンチ面で成果が発揮されたと言ってよい。倒す試合が増えるのは女子MMAにとってよいことではないか。
同じように衝撃的なKO決着を見せたのがアブドゥル・ラズク・アルハッサンであり、開始43秒でニコ・プライスを左でマットに沈めた。「なぜそんなにパワーがあるのか?」と聞かれ、「分からない。神が与えてくれた笑」と答えている。
他にも今大会ではアルジャメイン・スターリングのバックからのニーバー、ザビット・マゴメドシャリポフのやはりニーバー、ジョフ・ニールによるフランク・カマチョのハイキックKOなどが目立った。ニールは極めて冷静な試合運びで、倒れないカマチョを捌いて仕留めた。カマチョの試合は盛り上がり必須なのだが、UFC移籍以降1勝3敗の戦績と、厳しい所だ。
メインのタイロン・ウッドリーダレン・ティルは、懸案だったティルの計量がクリアされたことで、試合自体は無事成立。ティルは自分のアンチ達に対して中指を突き立てたが、ウッドリーは計量後のティルの調子が悪そうだったと、後で述べていた。
1R。ウッドリーはケージ際を横に動いた後、右パンチ先行でダッシュ気味に前に出る。ティル、これをかわし首を振るが、ウッドリー再び右から首相撲、右膝をティルに入れた後でタックル、もろ差し状態でケージに詰める。ティルは両腕を抱えた形でクリンチ、ウッドリーは膝蹴りを出すも、有効打にならない状態のまましばし膠着。
ウッドリーは足をかけて転がす動きも出すが、ティル耐える。もともとティルの体格の方がはるかに大きいため、一気に接近してクリンチ、というのはウッドリーの作戦だろう。ウッドリーは頭をティルの顎に押し付けてケージに押し込め、ティルの体を伸ばし続けるが、そのままの状態で止まりレフェリーが分ける。
オクタゴン中央で再開、オーソ構えのウッドリーは、左をフェイントしつつタックルの隙を探る。サウスポーのティルも腰をときおり落としながら右で探る。ウッドリーが左右を出すとティル下がるも、再び探り合い。しばらく見合った後でティルの右ジャブ、ウッドリーの右ボディや右オーバーハンドが出るがダメージに至らず。
同様の状態が1分ほど続いた後、ウッドリーがティルの右足を取ってから右脇を差し、再びクリンチ状態でケージ際へ。今回は四つの状態で膠着するが、ウッドリーはティルの足にスタンプや膝蹴りなど入れてゆく。途中でティルが体を入れ替えるが、ここでレフェリーが分けた。
再びオクタゴン中央、ウッドリーは右ボディ。残り10秒でウッドリー右、ティルが左ミドルを出した所でラウンド終了。派手な展開はなかったが、ウッドリー優勢のラウンド。ティルの積極的な攻撃は、ほとんどなかったと言ってよい。
2R、ウッドリーはスタンス広く低い構え。ティルが右から飛び込んで入ってきたところ、ウッドリーがそこに右を合わせ、ティルの顎にクリーンヒット! ティルは四つん這いの形に倒れた後、仰向けになる。そこにウッドリーが左右のパウンドを連打し、ティルはガードの状態で顔を覆ってそれらを防ごうとする。だがウッドリーは肘も混ぜてパウンドを止めず、肘を六発つづけて連打。ティルが手を伸ばしてカバーしようとするが、容赦なくパウンドと肘を入れ続ける。
ティル、足を使い何とかウッドリーの攻撃を押さえようとするが、成功しない。ウッドリーのパウンドテクニックは強力で、ティルも手をつかんだり仕掛けをしてゆくのを全て無効化していった。
やがてウッドリーがハーフを取り、肘を滑らせる形でティルに入れつつ、マウントを取る形となる。ティルは体を左右に揺すり、脇差のハーフ状態に戻すが、ウッドリーは肘とパウンドをさらに入れ続ける。ウッドリーが叩きつけてくる肘を嫌い、ティルは頭をウッドリーの方へ近づけて体を丸め込むも、ウッドリーは容赦ないパウンド。
さらにそこから左手を深く差し、頭を右で抱えてダースチョークの体勢に入ると、ティルはタップ! ウッドリーがサブミッションで勝利した。
結果から見て、ウッドリーの完勝である。体格差をカバーするために最初は的を絞らせず、突然の右で飛び込み距離を縮めてクリンチ。2Rで先手を取ろうとティルが飛び込んできた所にカウンターを合わせ、ダウンさせてパウンド連打、そして最後はサブミッションで極めるという、打撃を得意とする相手にお手本のような試合運びを見せつけた。
強いチャンプにもかかわらずウッドリーの人気がないのは、スティーブン・トンプソン戦2やデミアン・マイア戦での膠着状態の長さ、あるいは積極的な攻めの姿勢が見えにくいところから来ると考えられる(UFCへの文句もあるだろうが)。しかし今回は、その慎重さがティルのミスを呼び込み、自分の思う通りの展開に持ち込んで完封試合とした。
パンチの爆発力に注目が行きがちなウッドリーだが、決して「負けない戦い方」をするクレバーな面にも、もっとポジティブな注目が集まってもよいはずだ。だが、それはメディアと観客の側の「見る目」にもかかわっている事なのかもしれない。