ローズ・ナマユナスvs.ヨアンナ・イェンドジェイチェク(UFC223)
カビブ・ヌルマゴメドフvs.アル・アイアキンタ(同上)
ニューヨーク州ブルックリンで行われたナンバーシリーズだが、すでに報じられているように、メインカードに関連する開催前の騒動が多すぎた大会。
まずは
カビブ・ヌルマゴメドフと対戦予定だった
トニー・ファーガソンが試合前の収録でケーブルに足を引っ掛けて靭帯(LCL、外側側副靭帯)を損傷、出場不可能になった。
ファーガソンは独自のトレーニング法をかなり多く試しており、動画もネットに沢山あるが、その練習方法がまずかったのではないかという意見が結構ある。鉄柱を蹴るとかは全然ありだと私は思うのだが、不安定な姿勢で膝が前に出るスクワットが足に良くないのは確かだろう。
これでヌルマゴ戦は4回流れたということで、私はファーガソンのファイティングスタイルは嫌いではないのだが、厳しい流れである。
試合6日前のファーガソン欠場で、代わりに名乗りをあげたのが
マックス・ホロウェイ。もちろんこのカードは期待大で、ヌルマゴメドフもホロウェイに非常に感謝していたのだが、結果として体重を作れず、オフィシャルの計量時に医師に止められ消滅。
結局、試合前日のオファーで地元ニューヨークの
アル・アイアキンタがヌルマゴメドフと対戦することになった。0.2ポンドオーバーであるが、試合はタイトルマッチとなった。これについては後述。
一方、同門の
アーテム・ロボフとヌルマゴメドフが会場の裏で口論になっていたことを知った
コナー・マクレガーが、試合前のメディア・デイに、選手たちが乗ったバスを集団(
SBGアイルランドのメンバー)とともに襲撃。
駐車場にあった器物を投げてバスの窓ガラスを割り、その破片で
マイケル・キエサと
レイ・ボーグが負傷。彼らは欠場を強いられることになった(ボーグは目をやられた模様)。
マクレガーは逮捕されたが、5万ドルの保釈金を払い保釈。デイナ・ホワイトはマクレガーに怒りながらも、彼がキエサらに謝罪の意を表していることを伝えているが、
キエサは告訴する模様だ。
さて、このマクレガーたちによる襲撃事件をどう考えるべきだろうか。もちろん大掛かりなプロレスということもでき、アメリカのスターの中には、警察沙汰や犯罪行為を通してさらに知名度を上げてゆく者もいるのは確かだ。まさに「ノートリアス(悪名)」にふさわしい行為と言える。
しかし当然、この行為は支持できないし、指弾されるべきである。
マクレガーは基本、MMAの前提そのものを逆手に取り、覆すことで話題をさらって来た人物だ(選手として強い云々は散々言われていることだから繰り返さないし、否定しない。ただ試合相手の選び方は慎重だ)。ファーガソンが試合出場消失前に言っていたが、彼は「ゲーマー」であって「ファイター」ではない、という指摘は当たっている(EAのUFC3のカバーにもなっているし)。ゲームやルールそのものを自分の力の拡大に利用しつつ、決して主導権を渡さない、という点でそうなのだ。
今回のバス襲撃事件はロボフの意趣返しということだが、結局、試合に出ずして自分の話題性を落とさないための絶好の機会だったということだろう。そしてそのためには、他の出場前の選手を身体的に傷つけても構わなかった。この点でMMAを成立させる前提を崩してしまっており、一線を超えている。
厳しく非難されるべきだし、罰を受けるべきだろう。
ただ本来的に問題なのは、デイナ・ホワイトや主催者サイドが、ドル箱であるマクレガーをここまで調子に乗らせた点にある。先の
レフェリー(マーク・ゴダード)に突っかかった件もそうだが、MMAの話題性をマクレガーに一極集中させてきたことで、マクレガー>MMA、という理解を(金のために)積極的に推進してきたのは、彼らだ。これでは結局、競技としての魅力が長期的に見て下がってゆくことは火を見るよりも明らかである。
見る側としてはMMAのファイトが見たいのであり、武器を持っての戦いならば、戦争映画やYoutubeの戦場FPS動画でも見た方がよい。
一応念のために付け加えておけば、試合外のことで話題を作るべきでないということでは当たり前だが全くないし、プロレス的な要素も否定しない。また「ヴァーリトゥード」がメインの呼称だった頃持っていたヤバい気配も、重要な場合さえある。
ただ、例えばモハメド・アリがヒーローとなったのは、徴兵制や黒人差別へのプロテストを行ったからだ。マクレガーは単に手下のお礼参りを行っただけであり、結局は自分のための行動である点で、アリの足元にも及ばない。
試合外の行為は、その行為として評価すべきである。
さて、気を取り直してコ・メインイベントの
ローズ・ナマユナス対
ヨアンナ・イェンドジェイチェックである。メインとともに5Rにわたる長さなので、今回は簡単なレポートにしたい。
今回特に際立って見えたのが、ナマユナスのステップとボディワークである。
1・2Rはナマユナスが取ったと思うのだが、ヨアンナが鋭いジャブと蹴りとを織り交ぜながら攻撃するのに対し、ナマユナスは常にステップとボディワークとパンチが一体となっているスタイルであったことだ。
ナマユナスはパンチを避けることとパンチを出すことが連動しており、かつ序盤は相手の隙間をうまく突く打撃を出しつつ、回転数でもヨアンナに勝っていた。打撃全体が連動している感じである。
3・4Rはヨアンナが押し戻したが、ナマユナスは相手の動きに反応・予測して先に自分の打撃を当てる「後の先」をしばしば取っていた。特にヨアンナとの第一戦でも見せた、飛び込んでの左フックやアッパーは極めて有効に見えた。
5Rが勝負と思われたが、ラウンド終盤でここまで両者一回も出さなかったタックルをローズが決め、このラウンドを取った。
ジャッジの採点は三者とも49-46でナマユナスとなったが、極めてレベルの高い打撃戦であり、軽量級のスピード・技術の魅力を惜しみなく見せたファイトであった。
メインのヌルマゴメドフ対アイアキンタについても、今回は残念ながら簡単に。
1R序盤からアイアキンタは非常に低いスタンスでカビブのタックルを警戒するが、片足をとらえてテイクダウン、相手を徹底的にコントロールして「カビブ・タイム」となる。2Rも同様、中盤以降は倒したアイアキンタにパウンドの雨を降らせる。
ただ後半に行けば行くほど、アイアキンタのタックルディフェンスが機能していったように見えた。3Rは打撃中心で、カビブのフリッカー気味なジャブがよく当たる。アイアキンタは鼻血が出ていたが、これは大きなダメージというよりも、カビブが打撃戦での距離を支配したということだろう。カビブはスウェイの時に若干棒立ち気味に下がるのだが、誰も彼にタックルはしないので、このディフェンスで十分成立する。
4Rも打撃戦、カビブがコツコツ左ジャブを差し、時々アイアキンタがボディから上へ繋げるパンチ。アイアキンタからタックルにも行くが、倒す姿勢までは行かない。
5Rはパンチの交錯も起こるが、中盤のカビブのタックルをアイアキンタは切る。カビブ、飛び膝から金網にアイアキンタを追い詰めるとアイアキンタを倒してバックを取り、コントロール。パウンド、チョークを試みるも、そのまま時間切れとなった。
ジャッジは50-44が一人、50-43が二人という大差によりヌルマゴメドフがベルトを巻いた。
おそらく、アイアキンタとしてはとにかくスタンスを低くしてタックルを防ぎ、ボディから上へつなげる打撃を放ってゆくという作戦だったのだろう。前日オファーではその程度の作戦しか立てられまい。しかし準備期間がゼロに等しかったのに、あのカビブ・ヌルマゴメドフに極められなかったという点で、アイアキンタの強さは十分評価されるべきだ。
MMA的には、バスを襲撃するよりも、前日オファーを受ける勇気の方が評価されて然るべきである。