2018年1月22日月曜日

UFC220:ミオチッチvs.ガヌー

ダニエル・コーミエvs.ヴォルカン・オズデミア(UFC220
スティペ・ミオチッチvs.フランシス・ガヌー(同上)
「GO BIG」という文句でプロモートされたUFC220。ライトヘビー級のダニエル・コーミエヴォルカン・オズデミア、ヘビー級のスティペ・ミオチッチフランシス・ガヌーという、とにかくデカい連中がメインに揃い踏みした大会である。
ベテランのコーミエとミオチッチに対し、新勢力としてオヴィンス・サンプルーミーシャ・サークノフジミ・マヌワに連勝してきたオズデミアと、アンドレイ・アルロフスキーアリスター・オーフレイムらを衝撃的な形で下してきたガヌーが脅威として迫る形となった。
しかしコーミエ対オズデミアは、これまで自分より身長もリーチも長いアンソニー・ジョンソンアレクサンダー・グスタフソン、そしてジョン・ジョーンズといった選手と死闘を繰り広げてきたコーミエに分があった。
1R開始直後からオズデミアが飛び込み気味でボクシングを挑むのに対して、まずはコーミエのディフェンス能力が目立った。クリンチやハンドワークで一発をかわしつつ、肩を思い切り入れたジャブ、そして左右の伸びるフックをコーミエは返してゆく。
ある程度打ち合ったところでコーミエはシングルレッグのテイクダウンで相手を倒し、オズデミアがバックを見せたところでRNCに入るがブザーでラウンド終了。
2Rは開始直後にすぐテイクダウン、ハーフガードからサイドに移行した後はマット・ヒューズポジションでオズデミアを磔にし、パンチ連打でレフェリーストップを呼び込んだ。
試合前からAKAのボクシングコーチも太鼓判をおしていたが、DCのボクシング能力は非常に高い。かつてのUFC214でのジョーンズ戦でも、試合を決められたハイとその後のロー(このローでDCは意識が混乱したと告白している)がなければ、ボクシング主体で優勢に進めていたのはどちらかと言えばDCの方だった。
オズデミアに対して、少しかがんだ姿勢から相手にかぶせるようなロシアンフック気味のパンチを繰り出してゆくのを見ると、コーミエは身長差のある選手との戦い方を身につけているのだろうと思う。オズデミアがパンチに絶対的な自信を持っていることを見越しながら、自分のフィールドに引きずり込んだという点で、コーミエの技術と経験ががっちり結びついた勝利だった。
ミオチッチ対ガヌーは、とにかくライジングスターとして現れたガヌーに注目が集まっていた(本来は「ンガヌー」なんだと思うが、英語の発音だとほぼ「エンガヌー」、日本のオフィシャルサイトでは「ガヌー」となっている)。
オーフレイムをKOしたアッパー・フロム・ヘルに象徴される打撃力、そして筋骨隆々の体格に加えて、カメルーンからの移民としてフランスでしばらく路上生活をしていたという逸話がクローズアップされ、非常にドラマティックな選手として取り上げられていた。
フランス語の番組も作られているが(下の動画)、これを見るとガヌーは山や河川で土砂を採掘する労働に12歳からずっと従事していたようだ(何となく、木村政彦も砂利採掘をしていたことが彷彿とさせられる)。学校はやめたが、この体験がいい「学校」になったとどこかで語ってもいた。
フランスへ渡った経緯については多くは語らず、不法に渡航したことが推測できる(だがボクシングで身を立てたくて土砂採掘労働から脱出したアフリカの若者に、他に何の手段があるか)。そして当初はボクシングをやるつもりだった彼は、移民施設でトレーナーを紹介され、それからMMAに(当初は気乗りせずに)進んでいったと言う。さらに本人へのインタビューを聞いていると、話し方には頭の良さも感じられる選手である。
しかし、ミオチッチがアンダードッグだったことはさすがに解せなかった。ミオチッチのここ数年の対戦相手はマーク・ハント、アンドレイ・アルロフスキー、ファブリシオ・ヴェウドゥム、アリスター・オーフレイム、そしてジュニオール・ドス・サントスという、ハイレベルなストライカーばかりで、彼ら全員にミオチッチは勝ってきた(ヴェウドゥムも、キングス・ジムで高度な打撃力を身につけていることは周知の事実だ)。
フルラウンドに渡る試合となったが、1Rからガヌーがアグレッシブにフックとアッパー中心に出てくるのに対し、ミオチッチは動き回りつつタックル、クリンチを織り交ぜながら鋭いストレートを入れる。
ガヌーが遠心力で威力を増したフックとアッパーを主に用いるタイプであるのに対して、ミオチッチは近い距離でも直線的に突いて効かせることができるストレート主体の選手だ。ミオチッチは今回、速いジャブに加えて遠くからのストレートも用い、ガヌーの振りの隙をついて当てていた。
2R以降はガヌーに明らかな疲れが見えた。ミオチッチは打撃を当てつつ、ガヌーが打ち気になったところでタックルを決める。倒し切れはしないものの、ガヌーをかがんだ状態に押し込め体力を奪ってゆく展開を作る。3R以降もミオチッチはタックルと打撃を混ぜながらガヌーのスタミナを削り、テイクダウンも奪ってゆく。以降のラウンドでガヌーは仁王立ちになる場面もあり、フルマークでミオチッチの完勝となった。
ところで、ミオチッチでいつも気になっていたのは、入場時の表情である。ジョー・ローガンがかつて中継中ジョークで「空っぽの表情」「パーク・キラー(公園の通り魔)」と表現したように、完全な無表情に徹しており、その不気味なまでの冷静さと落ち着きは際立っている。
しかし今回、試合前に読んだとある記事で、彼が救急消防士の仕事をUFCファイターと並行していまだにパートタイムで続けていることを知り(てっきり「元」消防士だと思い込んでいた)、その表情について腑に落ちたことがあった。緊急事態や救急救命で応急処置をしなければならない際には慌てず、冷静な対処を第一になさねばならないはずだ。そのこと自体が、MMAに臨む時にも活かされているのではないか。
この意味でミオチッチもガヌーも、ともに彼らの生き方の一環の中に格闘技があるのだ、と言っていいだろう。