2017年11月25日土曜日

[読了]
ジェームズ・C・スコット『ゾミア 脱国家の世界史』(佐藤仁監訳、みすず書房、2013年9月)
ミャンマーといえば、格闘技ではラウェイである。一般的には、アウン・サン・スーチーと軍事政権、そして豊かな穀倉地帯、最近ではロヒンギャ問題が有名だろうか。軍事政権が民主化路線を取り入れて以降、ラウェイをプロモーションに使っていると思われるが、一度は生で見てみたいものだと思っている。
ぶっちゃけ、私はミャンマーには全然詳しくない。だがかつて高野秀行『ミャンマーの柳生一族』『アヘン王国潜入記』を読んだ際、私ははじめてミャンマー内には複数の自治州があり、部族と政府の間で絶えず内戦が起こっていたことを知った。ミャンマーといえば「軍事政権の支配で極めて独裁的な政府の力が隅々まで行き渡っているのだろう」と思っていた私は、高野の本で、軍事政権国家とはいっても部族社会の一種のような力しかなく、山岳地帯にある自治州では武装ゲリラたちが大きな支配力を持っている、政治的にはむしろ隙間だらけでパッチワーク状の地域であることを知らされたのだった。
『ゾミア』はアメリカのイェール大教授であるジェームズ・C・スコットが、ミャンマーも含む東南アジアの広い地域において、平地における国家の支配を逃れて山岳地帯に移っていった人々に着目した本である。彼はその人々を「ゾミア」と呼び、そこにむしろ脱国家の契機が見てとれると主張する。通常、平地の国家が「文化」的であり、山岳地帯の少数民族などはそこから取り残された「遅れた」「野蛮」な社会である、というイメージがある所を、スコットは逆転してとらえる。山岳地帯に住む部族は、むしろ進んで国家の支配を逃れ移住した人々であり、定住以降に改めて選びとられた生存様式なのである。
低地民の想像は、間違った歴史認識に基づいている。山の民は、何々以前[プレ]の状態にあるわけではない。彼らの生き方はむしろ、以後[ポスト]、 つまり灌漑水田以後、定住以後、支配対象以後、そしてもしかすると識字以後といったほうがよい。彼らは権力に反発して意図的に国家なき状態を作りだした人々であり、自ら国家の手中に陥らないように注意しながらも諸国家からなる世界にうまく順応してきた人々なのである。(p.342)
著者の主張は、社会構造は常に選びとられた結果であり、「未開」とされる状態も既に選択の結果としてそうなっているものだと見なす点にある。国家が支配のために「密集した居住地、定住生活、穀物栽培、確立した土地所有権、土地所有による権力と富の格差」を利用しあるいは作り出すのに対して、山岳に住まう「ゾミア」と本書で呼びなされる人々は、国家と距離を取りあるいは戦った結果、あえて支配力が低い山岳に撤退して「狩猟採集、牧畜、焼畑」などの生業を選びとった人々なのである。
ピエール・クラストル『国家に抗する社会』の影響が色濃い本書は、通信ネットワークが地球の隅々までを覆った現在では通用するパラダイムではないが、国家のヒエラルキーを中心とする社会に対し、より平等主義的な社会形態を考える上のヒントとして提示されているものなのだろうと受け取った。スコットは例えば山地民が「歴史」を持たないのは、持てないのではなく、「歴史」が生み出す血統などの不平等を出現させないため、あえて持たないようにしているのだと解釈する。こういった視点の取り方は、色々と現代社会を考察する上でも確かにヒントになるものだと思う(実際、現代社会に合わない人々は絶対に存在するわけで、その逃げ場がないことが引きこもり等々として現れるといったことは、考えうる事柄だろう)。
ひとつ直接的にこの本を読んで考えさせられるのは、最近のロヒンギャ問題である。この図式からするとロヒンギャとは、様々な地域から国家の支配を逃れて山地を選び取った人々がむしろ後から呼ばれるようになった名前であり、作り出された「部族」名に過ぎないということだ。『ゾミア』ではこのような集団のアイデンティティは極めて流動的なものであり、確たる民族が古代より存在していた訳ではない、とされている。これはいわば、戦略的に語られるようになったに過ぎない名称なのである。
そしてビルマ研究家の根本敬氏も触れている通り、この問題でスーチーを叩くことは目測を誤った反応だとしか思えない。だが欧米系のメディアから保守系メディアまでがこの問題を取り上げる奥では、スーチー叩きこそが主眼なのではと勘ぐらせられるような気持ちになってしまうのは、考えすぎだろうか。ロヒンギャがゾミアの一種であるとすれば、本来的に問題なのはそこに対する国家の干渉であり、むしろそこから手を引くことこそが、問題解決のためには重要となってくるからである。