2017年11月5日日曜日

[MMA]
スティーヴン・トンプソンvs.ホルヘ・マスヴィダル(UFC217)
コディ・ガーブランドvs.T.J.ディラショー(同上)
明らかな逸材パウロ・コスタとジョニー・ヘンドリックスの長い低迷、まさかのヨアンナ・イェドレイチェッチの王座陥落とローズ・ナマユナスの戴冠、またこれも予想外のGSPの復活とマイケル・ビスピンへの勝利ーといったアップセットに満ちた大会だったが、結果としてあまり目立たくなってしまった「ワンダーボーイ」トンプソン対「ゲームブレッド」マスヴィダルの息詰まる戦いも、非常に見ものであった。

現代MMAでは空手の技術がやはりどちらかと言えば軽視されており、ジョー・ローガンやダニエル・コーミエの解説でも若干それが感じられたのだが、それはひょっとしたらこの両者にその技術への体感がないからなのかもしれない(私はローガンの解説に多くの場合同意するし、コーミエはとても好きなファイターだが)。半身に構えてコンタクトされる面積を少なくし、両手はガードする代わりに下げて打撃の起こりを読みにくくした上で、ディフェンスはフットワーク・ボディワーク・そして距離感で行うという体系は、トンプソンのように十分にリーチのある熟練者が実践すると恐ろしく有効な武器となる。
マスヴィダルは堅いガードとパワーで対抗し、第二ラウンドは多少盛り返したように思えたが、試合巧者にして戦略家の「ゲームブレッド」に対しても終始距離を支配し続けたトンプソンの優勢は、基本的に揺るがなかった。どのような相手に対しても当てられなければ基本負けない訳で、ウッドリーのような化け物的瞬発力を持った相手には通じなかったものの、空手系の技術はマクレガーやGSPのスタイルの中でも生きている。トンプソンのような純粋なアメリカン空手の使い手は貴重な存在である。
ガーブランド対ディラショーは、誰もが注目していたファイトだろう。近年のUFCは特にマクレガー以降どうでもいい争いを焚き付けて敵対性を盛り立てており、食傷気味というか資本主義の性(さが)を見せつけられて嫌気が差しているのだが、かつては同門の彼らが持つ技術体系の同じ部分と違う部分が見られる点で非常に興味深かった。
ガーブランドのしっかり折り畳まれた状態の腕から繰り出される右ショートフックとストレートは極めてスピーディかつ強力で、相手の左の内側から抉るように顎をとらえ、ほぼこれでKOを確実にするものだが、これはアルファメールのスタイルでもあるのだろう。ポスチャーの強固さ、そして強いプレッシャーとスピードによってこのパンチが生み出される。これで第一ラウンドの終わりにTJからダウンをとったが、ブザーもあり決めることはできなかった。
対してディラショーは、ガーブランド的な剛のスタイルに対してそれを脱構築的に組み立てられたものだ、と言えようか。過去の試合を見ても一発で決める力はあるのだが、今回は(ドミニク・クルーズにも最早似ていない)相手を伺うような姿勢から、蹴りで牽制しつつフックのコンビネーションを出していくパターンで、第二ラウンドの終わりに勝負を決めた。ディラショーの前屈みの姿勢にガーブランドが釣り出され、前のめりでパンチの交錯をしてしまった所がガーブランドの敗因だろう。スピードは明らかにガーブランドに分があったが、「間合い」や「距離」の取り方・感じさせ方というものの重要性を見せつけた試合であった。