北野武監督「アウトレイジ 最終章」
小さなトラブルが転がってやがて組織同士を巻き込み、収集のつかないカオス状態の中で暴力が激発してゆく。しかし画面と編集はあくまで静的、かつ冷徹に撮られ進んでゆく。この対比はこの監督に特有のリズムと、題材の泥臭さに比べると一つの世界観ともなっている静謐さを湛えている。冷徹なカメラワークは、虫けらのように死んでゆくチンピラたちをも重要人物たちと同等にとらえ、それらの生を青い色彩の中で一つ一つ、事実として示すのである。
だが、今回の「最終章」は、主人公・大友が自ら「ケジメ」を付けるという展開によって、映画の方向性がリリシズムに偏ってしまった。前作の「全員悪人」というような突っぱなしが今作に見られなかった点には、物足りなさを覚えざるを得ない。北野映画の持つ叙情性は硬質で無情な物語展開に支えられており、それを失ってしまうと題材のセンセーショナリズムや登場人物の「顔」の濃さに吸収されてしまう危険性がある。このキャストでこの題材を撮れるのは北野しかいないという意味でも稀有な監督だが、今回は物語をまとめようとした結果、叙情が軟質化してしまっている感が残念であった。